現在、少子高齢化が進む中、後継者不足に悩む医療機関の経営者が増えています。
そんな中、親族や血縁関係にあたる人以外に、自分が経営するクリニックを譲るという方法を取る歯科医院も増えてきています。
初期費用が抑えられたり、スタッフの教育や集患にあてる時間が短く済むなどのメリットがある一方で、デメリットもいくつか存在します。
この記事では、歯科医院の継承開業について紹介します。メリットやデメリット、継承開業の流れについても詳しく解説しますので、ぜひ参考にしてください。
この記事の内容
医院継承とは開業された歯科医院の運営を引き継ぐ方法のこと
医院継承とは、開業された歯科医院の運営を引き継ぐ方法のことです。
クリニック継承または医業継承という呼ばれ方もあり、安いコストで開業できるメリットがあります。
引き継ぐ先は親族に限らず、法人または個人の第三者などさまざまです。
少子高齢化が進む中、後継者がいないという問題に悩む経営者は多く、歯科医院においても後継者不在問題に直面する医院は少なくありません。
帝国データバンクの調査によると、2021年の医療機関の休廃業・解散の数は567件で、そのうち歯科医院は84件です。
また、歯科医院の代表者の年齢は、60代以上の構成比が58.6%(60代:38.5%、70代:20.1%)と、世代交代が進んでいないのが現状です。
参照:医療機関の休廃業・解散動向調査(帝国データバンク、2021年)
こうした背景の中、その地域の医療機関を存続させるために有効な施策として注目されているのが「医院継承」です。
その地域で生活する患者さんにもメリットがあるため、廃業・倒産で無くなるよりも継承して残したいと考える人が多いでしょう。
継承開業とは?3つの種類
継承開業とは、開業された歯科医院を引き継いで開業する方法です。
継承開業には、「親族内継承」「親族外継承」「第三者継承」の3種類があります。
親族内継承 | 親族・血縁関係にある人物に継承する方法 |
---|---|
親族外継承 | 親族・血縁関係ではない勤務医や知人、社外人材などに継承する方法 |
第三者継承 | 社外の第三者へ歯科医院の合併や買収などで継承する方法 |
親族内継承は、子どもや甥、姪、子どもの配偶者など、血縁関係にあたる人物への継承です。
また、親族外継承と第三者継承は、「親族ではない者に継承する」という点では共通していますが、第三者継承の場合は「社内への継承」は含まないという点が大きな違いです。
歯科医院の継承が増加している理由
歯科医院の継承が増加している理由は、主に以下の3点があげられます。
- 院長先生の高齢化で世代交代が進んでいる
- 廃止の歯科医院が増加している
- 合併・買収の増加傾向にある
歯科医院は、院長先生の高齢化で世代交代が進んでおり、後継者が見つからず廃止を選択する歯科医院も増加しています。
厚生労働省によると、2022年の歯科医院の数は67,755施設と、前年から144施設も減少しています。
参照:令和4(2022)年医療施設(動態)調査・病院報告の概況(厚生労働省)
また、帝国データバンクの調査によると、業種分類別にみた後継者不在率は、医療業(病院・診療所等)が全体の2位で65.3%と高い数値を記録しています。そのため、親族以外の人物に継承するケースが増えており、「親族継承」は前年からダウンして33.1%に対し、親族外継承のうちの一つ「内部継承」が35.5%、「M&Aなど」は20.3%、「外部招聘」は7.2%といずれも前年を上回っています。
参照:全国「後継者不在率」動向調査(2023年、帝国データバンク)
こうしたデータからも親族外継承や第三者継承の割合は増えていることがわかり、一から開業するよりも収益の見通しが立てやすい継承開業を選ぶケースが増加傾向にあります。
継承開業を検討している方にとっては、十分にチャンスがあるといえるでしょう。
歯科医院を継承する4つのメリット
歯科医院を継承することで得られるメリットは、以下の4つがあります。
- 開業資金のコストを抑えられる
- 短い準備期間で開業できる
- 即戦力のスタッフを揃えられる
- 前医院の患者や評判を引き継げる
開業資金のコストを抑えられる
歯科医院の継承での開業は、新規開業と比較してコストを抑えられます。
歯科医院を新規開業した場合、物件を確保する資金や医療機器の購入資金、集患のための広告宣伝費など、開業資金も多くかかります。
しかし、継承する場合は、土地・建物はそのまま引き継いで、医療機器も譲り受ける形となるため開業資金を抑えられます。
新規開業で融資を受けるとすれば、後々の負担になり心理的ストレスにもつながる可能性があるため、コストを抑えて開業したい場合は継承での開業がいいでしょう。
短い準備期間で開業できる
歯科医院を継承して開業する場合、短い準備期間で開業できます。
歯科医院を新規開業した場合、土地の調査や内装・外装の修繕工事、スタッフの採用などたくさん準備することがあり、資金だけでなく期間も長くかかります。
一方、継承の場合はあらかじめ場所が用意されているため、土地を調査したり物件を探す必要はなく、スタッフも引き継ぐため準備の手間と時間を削減できます。
即戦力のスタッフを揃えられる
歯科医院を継承する場合は、即戦力のスタッフをそろえられる点もメリットの一つです。
歯科医院のスタッフをそのまま引き継いで開業できるため、スタッフの教育にかかる手間が省けて開業時点で大きな戦力になってくれるでしょう。
特にベテランスタッフなら、その地域に詳しく患者さんとの信頼関係も構築されていると考えられ、経営を安定させるうえでの重要な存在となります。
医療機関は医師のほかに看護師や医療事務職員など、多くのスタッフに支えられて成り立つものです。
新規開業の場合はスタッフの募集から始まり、未経験スタッフなら細かく教育する必要があるため、初めから即戦力のスタッフが揃っている点は大きなメリットでしょう。
前医院の患者や評判を引き継げる
歯科医院の患者さんや評判を引き継ぎできる点もメリットの一つです。
前医院が経営していた場所に、経営者だけが変わる形で開業できるため、患者さんはそのまま通い続けてくれると考えられます。
それまで通りの診察環境が維持されて、医師の診断や対応方法に問題がなければ引き続き利用してくれるでしょう。
前医院の評判がよければそのイメージのまま利用してくれると考えられ、口コミも集まった状態で開業できるため、開業直後の忙しい時期に集患を行わなくてもよく、診療に集中しやすいです。
広告などで宣伝しなくても患者さんがある程度確保されているため、開業までの準備期間が短いだけでなく、経営が軌道に乗るまでの期間が早い点も大きなメリットでしょう。
歯科医院を継承するデメリット
歯科医院の継承にはメリットだけでなく、デメリットもあります。
具体的には、以下の3点です。
- 建物や医療機器が老朽化している恐れがある
- 前院長と方針が異なる可能性がある
- 前医院の悪い評判も引き継いでしまう
建物や医療機器が老朽化している恐れがある
古くから経営している歯科医院を引き継ぐ場合、建物や医療機器が老朽化している恐れがあります。
医療機器を何年もメンテナンスせず使い続けている歯科医院だった場合、その医療機器はいつ不具合が起きてもおかしくありません。
診察中に不具合が起きてできなくなったとなれば、長時間待つか予約を取り直して後日改めて来院してもらうことになってしまいます。安全性の欠如から信頼も失うでしょう。
そういったトラブルを防ぐためにもメンテナンスは必要ですが、あまりにも老朽化が著しい場合は新しい機器へ買い換えることも視野に入ります。
そうすると、費用がかかって継承のメリットが薄れてしまいます。
建物に関しても、内装の老朽化が激しければ清潔感に欠け、顧客満足度も低下しかねません。
建物自体と医療機器に不安がないかは必ず確認しましょう。
前院長と方針が異なる可能性がある
歯科医院を継承する場合、前の院長先生と経営・運営の方針が異なる可能性がある点も注意が必要です。
スタッフをそのまま引き継ぐため、方針がガラッと変われば初めのうちは大きく苦労することとなるでしょう。
あまりにも運営方法が違う場合は、耐えきれず退職してしまう恐れもあります。
患者さんにも「前の院長先生の方が良かった」と思われて、スタッフ・患者の両方からの評判が下がる恐れがあるため、事前に方針を確認しておきましょう。
前院長と自身の方針が近いクリニックを選ぶか、前院長の方針になるべく合わせた方法で運営するのが望ましいです。
前医院の悪い評判も引き継いでしまう
前の歯科医院の評判が悪い場合、医院継承をすると悪評も引き継いでしまいます。
経営者が変わったからといって、それまでのイメージもすべて消えるわけではありません。
経営者や看板が変わっても「この場所にある歯医者はダメ」というイメージが刷り込まれているためです。
前の院長先生が診察の態度が良くなかったり、医療ミスをしてしまったなどの過去があれば、Googleマップや口コミサイトで低評価のレビューが投稿されている可能性があります。
一度印象が悪くなったら、そのクリニックにまた通いたいとはなりにくいです。
継承する前の医院における評判は、しっかりチェックしておいてください。
歯科医院の事業承継を進める流れ7ステップ
ここからは、歯科医院の事業承継を進める際の流れを7ステップでご紹介します。
- 専門家に相談する
- 歯科医院の現状を把握する
- 承継先を決める
- 設備の入れ替えなどを決める
- 事業承継計画を立てる
- データの引き継ぎをする
- アドバイスをもらいながら経営を安定させる
ステップ1.専門家に相談する
最初から継承を進めるのではなく、まずは専門家に相談しましょう。
継承するにあたって、さまざまな手続きが発生します。こうした手続きはどれも煩雑であり、知識が乏しい状態で進められるものではありません。
手続き中に何らかの不備でトラブルが発生する原因にもなるため、専門家から知見やノウハウを収集しながら進めていってください。
ステップ2.歯科医院の現状を把握する
続いて、歯科医院を継承してほしいと考える売り手側が、歯科医院の現状を把握するために資産や経営状況を数値化するなどし、データとして整理します。
- 毎月、毎年の収支
- 従業員数
- 日別、月別の患者数
- 医療機器の購入年月とメンテナンス履歴
- 導入しているシステム
- 業務の流れ
- 周辺の競合のデータ
- 医院の強みや経営方針
- 目指している歯科医院像
これらのデータを提示できれば、買い手からも魅力を感じられて信用されやすく、買い手が見つかりやすくなります。
また、継承後の経営に生かせるため、軌道に乗るまでのスピードが早まるでしょう。
ステップ3.承継先を決める
次に、承継先を決める作業です。
親族へ承継する場合はこのステップは不要ですが、第三者の場合は承継先を探さないといけません。目指している歯科医院像を継いでほしい場合は、方針や考え方が近い人物を選ぶ必要があります。
知人への承継ではない場合、仲介業者に依頼する、マッチングサイトを利用するなどの選択肢が挙げられます。
なお、承継先の剪定だけで完了ではありません。双方で合意が取れるように交渉を進めていく必要があります。
ステップ4.設備の入れ替えなどを決める
続いて、設備の入れ替えやシステム面も引き継ぐかどうかを決めます。
基本的には事業継承ではすべての資産を受け継ぐこととなります。しかし、買い手が継承のタイミングで設備やシステムを刷新したいと考えれば、継承しないことも出てくるでしょう。
例えば、オンプレミス型システムからクラウド型システムに変えたいというケースや、設備が老朽化しているから買い換える、などが挙げられます。
しかし、設備の入れ替えやシステムの刷新は新たにコストがかかるため、資金と相談しながら慎重に検討しましょう。
継承前の段階で、スタッフへのオペレーション構築もかねてシステムを入れ替えていることもあるため、事前に意識を擦り合わせてください。
ステップ5.事業承継計画を立てる
買い手側は事業承継計画を立てて、事業のビジョンを明確にイメージするなどで、売り手側を安心させましょう。
事業承継の概要
- 現経営者
- 後継者
- 継承後の医院名
- 継承方法、時期
経営理念・中長期的な目標
- 経営理念
- 経営戦略(ビジョン)
- 目標とする売上高
- 目標を達成するための方針
具体的に計画や戦略が立てられているほど、安心して任せられるでしょう。
ステップ6.データの引き継ぎをする
医院継承の場合、すでに既存の患者さんが存在するため、カルテやレセプトのデータを引き継ぎます。
カルテ・レセプトはともに法令により5年間の保存期間が定められているため、漏れのないように全て引き継ぎましょう。
親しい関係性の患者さんに引き続き通ってもらうためにも、必ずデータの移行は行いましょう。
参照:保険医療機関及び保険医療担当規則第9条(昭和三十二年厚生省令第十五号)
なお、引き継ぎはデータだけではありません。経営権やスタッフ、患者への説明なども含まれます。
ある程度の期間を要する点は把握しておきましょう。
ステップ7.アドバイスをもらいながら経営を安定させる
開業後は、売り手からアドバイスをもらいながら経営を安定させていきます。
どれだけしっかり事業計画を立てていても、地域の特色や、スタッフひとりひとりの性格を理解するのに時間がかかって苦労することも出てくるでしょう。
そういった場合に、売り手側からアドバイスをもらえると対応方法の参考にできます。
スタッフとしては突然経営者が変わって、労働環境などが一気に変わってしまうと働きにくくなるかもしれません。
これまで、ひいきにしていた患者さんも、変化を受けて利用しなくなってしまう恐れがあります。
そういったミスマッチを防ぐために、アドバイスをもらって経営を安定させましょう。
とはいえ、売り手側はいつまでも経営に口出しするのではなく、バトンを渡す潔さも求められます。
あくまでも継承して経営権は手放した者として、求められたこと以上のアドバイスはやりすぎないようにしましょう。
歯科医院の継承時に必要となる手続き
歯科医院の継承時に必要となる手続きは、法人と個人で異なります。
法人歯科医院継承の届出
法人歯科医院を継承する場合の届出は、各所に変更届を提出することで完了します。法人歯科医院は手続きが進めやすく、継承するにあたって医療法人化する医院も少なくありません。
法人歯科医院の継承に当たって必要な届出は、以下の通りです。
提出先 | 必要な手続き |
---|---|
保健所 | 医療法人役員変更届 |
保健所 | 医療法人の登記事項の届出 (変更後の登記事項証明書) |
地方厚生(支)局事務所 | 保険医療機関届出事項変更届 |
法務局 | 医療法人役員変更登記申請書 |
税務署 | 異動届出書(代表者の変更) |
個人歯科医院継承の届出
個人歯科医院継承の場合、届出は現開設者(売り手)と継承者(買い手)で異なります。
現開設者が廃止手続きを行い、継承者が開業手続きを行います。
現開設者の手続き
提出先 | 必要な手続き | 期限 |
---|---|---|
保健所 | 診療所廃業届 | 廃止後10日以内 |
保健所 | 診療用エックス線装置廃止届 | 廃止後10日以内 |
地方厚生(支)局事務所 | 保険医療機関廃止届 | 廃止後10日以内 |
税務署 | 事業廃止届出書 | 廃止後速やかに |
税務署 | 個人事業の開廃業等届出書 | 廃止後1ヶ月以内 |
税務署 | 給与支払事務所等の廃止届出書 | 廃止後1ヶ月以内 |
継承者の手続き
提出先 | 必要な手続き | 期限 |
---|---|---|
保健所 | 診療所開設届 | 開設後10日以内 |
保健所 | 診療用エックス線装置備付届 | 開設後10日以内 |
保健所 | 麻薬施用(管理)者免許申請 | 地域による |
地方厚生(支)局事務所 | 保険医療機関指定申請書 | 締切日は、開設地管轄の地方厚生(支)局事務所により異なる |
税務署 | 個人事業の開廃業等届出書 | 開業後1ヶ月以内 |
税務署 | 青色申告承認申請書 | 開業後2ヶ月以内 |
税務署 | 青色専従者給与に関する届出書 | 経費算入開始の2ヶ月以内 |
税務署 | 源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書・納期の特例適用者に係る納期限の特例に関する届出書 | なし |
開業する地域により期限などが異なるため、事前に自治体へ詳しく確認しておきましょう。
歯科医院の継承開業にかかる費用相場
歯科医院の継承開業にかかる費用は、売り手や継承方法により異なりますが、おおよその相場としては2,000~4,000万円程度です。
継承開業でかかる費用は、主に以下の8つです。
- 施設や土地の譲渡代
- 仲介手数料
- 弁護士費用
- 医師会入会金
- 内装工事費用
- 外装工事費用
- 医療機器代
- 広告費
継承開業でかかる費用の多くを占めるのは譲渡代です。
親族から継承する場合は、贈与という形で引き継ぐことができるため、費用は安くなります。
内装や外装を思い切ってリニューアルしたい場合は工事費がかかりますが、必要ないと感じればその部分のコストはカットできます。
医療機器代や広告費も、新たに医療機器を購入する必要や、広告を打つ必要がないと判断すればかかりませんし、どう継承するかによって大きく異なります。
なるべく費用を減らしたい場合は、建物と機器が新しめで、ある程度患者数が見込める歯科医院の継承を目指すといいでしょう。
まとめ:歯科医院の継承開業におけるメリット・デメリットを理解して検討しよう
現在、後継者がおらず継承できないと悩む歯科医院は増えていて、継承開業したいと考える勤務医も増えてきています。
歯科医院の継承開業は、その双方の悩みを解決する方法として注目を集めています。
ただし、メリット・デメリットが存在するため、トラブルを起こさないためにも事前のすり合わせがとても重要となってきます。
継承開業を考えている場合は、歯科医院の継承開業におけるメリット・デメリットを十分に理解して慎重に検討しましょう。