医療DX(デジタルトランスフォーメーション)は、病院や薬局、訪問看護ステーションなどの医療機関における、デジタルトランスフォーメーションを指します。DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、デジタル技術を駆使して、課題を解決する動きです。
現在、医療業界には人材不足や長時間労働をはじめとする、さまざまな課題が挙げられています。デジタル化において医療業界は、他業界と比較しても大きな遅れをとっている現状があります。
この記事では、医療DXのメリットやデメリット、取り組み事例などについて解説します。
この記事の内容
医療DXとは?
医療DX(デジタルトランスフォーメーション)は、病院や薬局、訪問看護ステーションなどの医療機関における、デジタルトランスフォーメーションを指します。
DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、AIやビッグデータなどのデジタル技術を駆使し、業務の改善をはじめとするあらゆる課題解決を図る動きです。
つまり、ただITツールを導入することが医療DXではありません。
医療DXを推進することで、業界全体で抱えている人材不足や長時間労働をはじめとする、さまざまな課題解決が可能です。一時的な導入コストなどのデメリットはあるものの、長期的に見たときにコスト削減や経営状況の改善が見込めるでしょう。
医療DXがキーとなる医療業界の課題
医療DXの推進により、以下の課題が解決に導かれると考えられています。
- 深刻な人手不足
- 長時間労働
- デジタル化の遅れ
- 医療機関における経営状況の悪化
課題1.深刻な人手不足
近年、医療従事者の人材不足が大きな課題となっています。少子高齢化の影響もあり、医療サービスの提供を必要としている者が増加し、医師や看護師など医療を提供する側の人数が減少している傾向が強くなっています。
特に、看護師の離職率の高さは問題視されており、人材不足はより深刻化している現状です。
課題2.長時間労働
医療業界では、常態化した長時間労働も課題です。特に、患者のケアに直接携わる医師や看護師は、突発的な勤務や長時間残業などが多くなりがちです。
さらに、政府による医療業界の働き方改革が、2024年4月まで実施されます。いわゆる2024年問題です。
これにより、医師の労働時間に上限が設けられ、健康確保措置の実施も開始されます。とはいえ、現状深刻な人手不足や環境が整っていないことから、法の適用は先送りになっています。
働き方改革の実施には、医療DXの推進が必要といえるでしょう。
課題3.デジタル化の遅れ
日本の医療業界において、DXに取り組んでいる医療機関は全体の10%に満たないと言われています。医療業界は他の業界と比較しても、デジタル化がかなり遅れているといえます。実際に、病院などの医療機関では、現在も紙ベースで行っている業務が多くあります。カルテ、処方箋、問診票などをデジタル化することによって、医療スタッフの業務が効率的になり、業務負担の改善につながります。
課題4.医療機関における経営状況の悪化
医療業界における経営状況が、近年ますます悪化しています。
令和3年度において、医業損益が黒字になった病院の比率は、医療法人立病院が56.7%、自治体立病院が6.3%、社会保険関係団体立病院が20.0%、その他公的立病院は36.4%でした。全体で見ると、約7割の病院が赤字であるといえます。
参照:医療施設経営安定化推進事業 令和3年度病院経営管理指標
医療DXの推進により、導入コストなどによる一時的な支出はあるものの、無駄なコストの削減や、医療現場の業務効率化などにより将来的に経営状況は改善に向かうと考えられるでしょう。
医療DX化への主な取り組み事例
ここでは、医療DX化の取り組み事例について、以下4つのポイントを解説していきます。
- 電子カルテなどのペーパーレス化
- オンライン予約・診療
- オンライン診療
- ビックデータの活用
電子カルテなどのペーパーレス化
医療業界は、紙ベースでの管理業務が多く残っていることが、業務の効率化を妨げている原因のひとつです。
紙管理されているカルテや処方箋、問診票などを全てデジタル化し、ペーパーレスにすることで、業務が効率化されるのは言うまでもありません。
さらに、紙管理によってかかっていたコストや、保管スペースの削減もできます。
オンライン予約・問診
診察の予約や受付、問診表の記載などもデジタル化しやすい項目です。受診の手続きにかかるフローをデジタル化することで、医師や看護師、受付スタッフがスケジュールの管理をしやすくなります。
管理が行き届くと、患者の待ち時間が減り、受付や待合室の混雑が緩和されるなど、患者にとってもメリットが大きい取り組みとなるでしょう。
オンライン診療
コロナ禍以降、オンライン診療を取り入れる医療機関が増加しています。オンライン診療とは、スマートフォンやタブレット、パソコンなどを使って、オンライン上で医師の診察を受けられる診療方法です。
オンライン診療を取り入れることで、院内の混雑緩和による感染リスクの低下、診察時間の効率化などのメリットがあります。患者にとっても、通院による移動時間や待ち時間なく診察を受けられるため、利便性が高まるでしょう。
さらに、オンライン診療によって、遠隔地の医療機関の受診も可能です。居住地域に関係なく希望する医療サービスを受けられるため、医療格差の改善も見込めます。
ビックデータの活用
デジタル化を進めることで、医療機関が保有している受診記録や検査結果、処方薬の情報などのビッグデータを活用できます。ビッグデータの分析と活用によって、新薬の開発に活かしたり、病気の早期発見や治療につなげられます。
さらに、患者の健康管理のサポートや治療方針の設計などに役立てることも可能です。医療DXの推進により、医療情報を活用すると、患者により良い医療サービスの提供ができます。
医療DX化を進めるメリット
ここでは、医療DXを推進する上での以下5つのメリットについて解説していきます。
- 医療や介護業務の品質向上につながる
- 医療や介護の業務を効率化できる
- コストを削減できる
- 患者における医療体験の向上が期待できる
- データの保存性が高まる
医療や介護業務の品質向上につながる
医療DX化が進むと、医療のクオリティが上がります。
医療のクオリティを高めるには、医療機関が抱える医療情報をデジタル化し、情報を適切に共有することが大切です。患者の医療データが情報を必要としている医療機関に迅速に共有されることで、医療格差の是正につなげられるでしょう。
また、オンライン診療を積極的に取り入れることも、業務の品質向上につながります。
使用する通信機器にもよりますが、医療現場での使用を想定しているものであれば、患者の通院歴や診療内容、処方歴などが全て一元管理できます。その結果、無駄な業務が削減され、本来必要とされる業務に時間を割けます。
医療や介護の業務を効率化できる
医療機関では、医療行為以外にもあらゆる定型的な業務が存在します。毎日使用され厳重な管理が必要な医療品の在庫管理や、診療報酬明細書の作成業務などは、デジタル化することで一気に効率化できます。
さらに、問診票やカルテなどもデジタルツールを使用することで、データの管理や受け渡しなどの業務負担が軽減されます。
コストを削減できる
医療DXは、医療機関のあらゆるコスト削減につながります。施設の設備をデジタル化すると、空調設備や電気やガスの使用時間など、適切な管理が可能になります。その結果、特に、入院病棟や高度医療設備のある規模の大きい医療機関は、稼働時間や使用機器の消費電力などのコストカットが実現できます。
患者における医療体験の向上が期待できる
デジタル化を進めると、患者の医療体験が向上し、満足度も向上するでしょう。適切な予約管理システムやオンライン診療の導入で、病院までの移動時間や、受付や診察までの待ち時間も削減されます。
さらに、居住地を選ばず、希望する病院の診察を受けることも可能になります。これにより、医療資源が乏しい地域に住んでいても、質の高い医療サービスを受けられるため、医療格差をなくすことにもつながります。
データの保存性が高まる
デジタル化の遅れが目立つ医療業界では、カルテなどが紙管理されている病院も少なくありません。近年では、電子カルテを使用する医療機関も徐々に増えてきましたが、単体のサーバーに頼る管理方法では、自然災害などの際にデータが消える可能性が懸念されています。
医療DXが目指す医療情報の共有化とは、情報をクラウド管理するため、データの消失リスクを極力なくす方向になります。これにより、万が一自然災害などでサーバー自体が損失しても、必要なデータが失われることがありません。
医療DX化のデメリット
ここでは、医療DXを進める上で知っておきたい以下のデメリットについて解説していきます。メリットだけでなく、デメリットも理解した上で取り組むことが大切です。
- 年齢層ごとでデジタル格差の発生が懸念される
- セキュリティ管理が求められる
- 導入コストがかかる
年齢層ごとでデジタル格差の発生が懸念される
オンライン診療をはじめとするデジタル化により、患者の医療体験の向上や、医療スタッフの業務効率化が可能になりました。
しかし、高齢者をはじめとするデジタルツールを使いこなせない層にとっては、医療DXの活用が難しいという現実があります。年齢層によるデジタル格差は、受けられるはずの医療や介護に格差が生まれる原因になるため、デメリットとして懸念されています。
セキュリティ管理が求められる
医療業界が持っている医療データは、患者の診療情報や家族情報などプライバシーが重視されるべき重要なデータです。情報の一元化を目指す上で求められているのは、情報漏洩しないセキュリティ管理です。
近年では、ハッキングなどによってビッグデータが漏洩する事件が増えています。医療DXの推進により、全国の医療情報プラットフォームが構築されていく中で、厳重なセキュリティ管理は必須事項といえるでしょう。
導入コストがかかる
医療DXを導入することで、医療従事者の業務効率化や患者の医療体験が向上し、医療格差の是正などにつながると言われています。将来的には、医療業界全体のコストカットに大きく貢献する取り組みですが、一方で大きな導入コストがかかることも懸念事項です。
近年、医療機関や介護施設などの経営状態が悪化している背景もあり、デジタル機器の導入が経営を圧迫してしまうことが考えられます。
政府は、経営難の病院に向けて、補助金制度なども導入していますが、デジタル化を全国に広めるには、大きな導入コストが今後もかかるでしょう。
政府が発表した医療DX令和ビジョン2030について
医療DX令和ビジョン2030は、日本政府が2030年までに実現を目指す医療分野のデジタル変革に関するビジョンです。このビジョンでは、医療の品質向上や効率化、アクセシビリティの向上を通じて、国民の健康寿命の延伸と医療費の抑制を目指しています。
また、以下の3つの項目についても医療DX令和ビジョン2030と並行して進めることが重要だといわれています。
- 全国医療情報プラットフォームの創設
- 電子カルテ情報の標準化
- 診療報酬改定DX
3つの項目について、それぞれ詳しくみていきましょう。
全国医療情報プラットフォームの創設
現在、患者の保険加入確認やレセプト請求のため、「オンライン資格確認等システム」というネットワークシステムが利用されています。オンライン資格確認等システムを発展・拡充させた「全国医療情報プラットフォーム」を作ることが、政府より提言されています。
現状、患者の医療情報は、各医療機関や自治体ごとでバラバラに管理されていました。
「全国医療情報プラットフォーム」により、患者の医療情報を共有して閲覧できるようになります。将来的に「紙ベースの紹介状のやりとりが必要無くなる」「患者の病歴や検査歴の確認が簡単にできる」などのメリットがあります。
電子カルテ情報の標準化
電子カルテ情報の標準化とは、医療情報を交換する際の国際標準規格である「HL7FHIR」を活用し、Webサービスの技術を活用しながら、厚生労働省が標準コードや、交換手順を定めるものです。
これらの情報を医療者が共有するシステムの構築が進められています。具体的に対象となる文書と情報は、以下の通りです。
- 検診結果報告書
- 診療情報提供書
- 退院時サマリー
- 傷病名
- アレルギー
- 感染症
- 薬剤禁忌
- 検査
- 処方
これらの医療情報が共有されることで、単一の施設内にとどまらず、全ての医療機関において患者の医療情報が確認できるため、適切な診断や治療につなげられます。
しかし、現状は、電子カルテの導入が少しずつ進んでいる状態のため、これらの情報活用を全ての病院ができるようになるのは、さらに先になるでしょう。
電子カルテ情報の標準化と合わせて、標準型電子カルテの検討も政府から提言されています。
電子カルテの標準化を実現するには、そもそも電子カルテやHL7FHIRが未導入だと連携が図れません。電子カルテ情報の標準化には、現状多くの懸念事項があるでしょう。
診療報酬改定DX
診療報酬の改定は、原則2年に1回のペースで行われています。
改定の公示から施行までの日数は、1ヶ月未満と短いです。そこで電子カルテやレセプトコンピューターを扱っているベンダーは、その間に公示資料を確認しシステム改修を進行、リリースします。
これらのベンダーによる作業負担が大きいことや、医療機関側の改修費用に伴うランニングコストの大きな負担が経営に響いているという懸念がありました。
これらの課題を改善するべく、各ベンダーが共通して活用可能な診療報酬の「共通算定モジュール」を、政府機関やベンダー、デジタル庁により作成することが決まっています。
さらに、診療報酬改定の施行日を後ろ倒し、関係者の負担を分散させる取り組みも行われることになりました。
共通算定モジュールは、2025年に一部の医療機関で先行実施を目指し、現在関係各所が動いています。
まとめ:医療DXを推進して医療現場の課題解決につなげよう
医療DXを推進することで、医療現場のあらゆる課題を解決に導けます。その結果医療従事者たちの無駄な業務負担が軽減されることで、人材不足や長時間労働の課題も解決の目処が立つでしょう。
さらに、デジタル化を推進することで、医療格差を是正し、患者がより良い医療体験を受けられるようになります。導入コストなど一部のデメリットはあげられますが、将来的に医療業界全体のコスト削減や業務改善につながります。