「クリニックの承継はどのような手順で行う?」
「クリニックの承継で起こり得るトラブルについて知っておきたい」
開業医としての独立を検討している中で、新規開業にかかる資金に悩んでいる方も多いのではないでしょうか。
資金面での検討を重ね、クリニック承継という選択肢もあります。
クリニックの承継では、初期費用の削減やスタッフ・患者の引継ぎなどのメリットがありますが、慎重に検討しないと思わぬトラブルにつながりかねません。
本記事では、クリニック承継の流れとメリット・デメリットについて解説します。
起こり得るトラブルの事例も紹介するので、クリニック承継を検討している方は参考にしてみてください。
この記事の内容
クリニックの承継とは?
クリニック承継とは、すでに開業している医院を引き継いで経営することを指します。
勤務医と違って開業医には定年がないため、体力的に厳しい状態で診察を続けてしまう先生も少なくありません。
たとえば、株式会社帝国データバンクが実施している全国「社長年齢」分析調査(2023年)によれば、日本の経営者の平均年齢は「60.4歳」です。
(参考:全国「社⻑年齢」分析調査(2022 年)|株式会社帝国データバンク)
また、厚生労働省の「令和2年 医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」によれば、「病院の開設者又は法人の代表者」「診療所の開設者又は法人の代表者」の2つの項目において、最も人数が多い年齢層は60~69歳とされています。
(参考:令和2年 医師・歯科医師・薬剤師統計の概況|厚生労働省)※こちらは2020年のデータです。
日本企業の後継者不在率は減少傾向にあるものの、医療業では68.0%で依然と高く、後継者不足の問題は軽視できません。
(参考:全国企業「後継者不在率」動向調査(2022)|株式会社帝国データバンク)
医療業界でも、開業したクリニックを継続させるために、親族や第三者に引き継ぐケースが増えつつあります。
クリニックの承継は大きく2種類
クリニックの承継には、「親族間承継」と「第三者承継」という2つの種類があります。
親族間承継
親族間承継は、親から子など親族間での承継です。
親族間承継は最もポピュラーな承継方法として知られています。
たとえば、「医業承継の現状と課題」によれば、診療所における後継者が「非親族」である割合は全体の12.4%、病院の場合は35.3%にとどまっており、残りはすべて親族間承継となっています。
(参考:医業承継の現状と課題|日本医師会総合政策研究機構)
人気の承継方法ですが、親族がそもそも医師資格を得られていない場合や、引き継ぐ意思がない場合には承継できません。対象が限定されてしまう点には注意しましょう。
第三者承継
第三者承継は、親族関係にない第三者への承継です。
クリニックの役員や従業員から適任者を探したり、開業を検討する外部の医師へと承継するパターンです。
対価や仲介手数料は発生してしまいますが、親族間のつながりがないため、承継後はある程度自由に経営方針を考えられるというメリットもあります。
承継する人に十分な資金が必要になるため、院内で適任者を探せないことも珍しくありません。
クリニック承継の具体的な流れ8ステップ
ここでは、クリニック承継の具体的な流れを解説します。
クリニック承継は、以下の8つのステップに沿って行われるのが一般的です。
- 承継の専門家に相談する
- 承継クリニックの候補を選定する
- 承継クリニックの内見と院長先生との面談をする
- 承継クリニックを決定・契約する
- 買収監査を実施する
- 最終譲渡契約を結ぶ
- 対価を支払う
- 行政手続きを進める
ステップ1.承継の専門家に相談する
まずはクリニック承継の専門家に相談しましょう。
承継できるクリニックを自分で探すのは難しいため、専門の業者への依頼を検討してください。
クリニックの候補も増えるため、選択肢の幅も広げられるでしょう。
ステップ2.承継クリニックの候補を選定する
信頼できる専門家・業者が見つかったら候補を選定しましょう。場所や診療科目といった希望条件を元に、候補を紹介してもらえます。
この時点では、クリニックについての情報は「ノンネーム」と言い、名前や所在地などが伏せられた状態で紹介されます。
詳しい情報を開示してもらうためには、こちらの情報を伝えたうえで承諾をとる「ネームクリア」を行わなければなりません。
ステップ3.承継クリニックの内見と院長先生との面談をする
ネームクリアの結果、気になるクリニックが見つかった場合は、院長先生との面談と内見を行うことになります。
事前に情報を得ているとはいえ、立地や外装・内装、医療設備をチェックしておかなければ、本当に希望に合致したクリニックか確認しきれません。
院長先生の診療方針や経営方針についても面談で把握しておけば、承継後にうまく経営していけるか判断する材料になるでしょう。
ステップ4.承継クリニックを決定・契約する
内見と面談を経て合意が得られた段階で、承継元と条件の調整を行います。
たとえば、承継するクリニックの建物の老朽化が想定以上に進んでおり、承継のタイミングでリフォームを実施しなければならないこともあるでしょう。
このような場合は、譲渡対価の減額を承継元と交渉することもあります。
その他、スタッフの引継ぎや時期についても調整を行い、双方の合意を元に「基本合意書」を締結します。
ステップ5.買収監査を実施する
基本合意書を締結した後で買収監査を実施します。
買収監査とは、クリニックのリスクや財務情報の正確性などを確認するために実施される調査のことです。
小規模なクリニックの場合は買収監査が省略されることもあります。
ステップ6.最終譲渡契約を結ぶ
買収監査の結果に問題があった場合は、条件を再度調整しなければなりません。
条件が調整できたら「最終譲渡契約書」を作成、締結します。
ステップ7.対価を支払う
最終譲渡契約書の内容に沿って承継を実施していきます。
対象となるクリニックの資産を承継し、承継元に対価を支払えば、手続きは完了です。
ステップ8.行政手続きを進める
承継元との手続きが完了しただけでは、クリニックを新規で開業させられません。
保健所に診療所開設届の提出や検査の合格といった行政手続きを進める必要があります。
保険診療を行う場合は、厚生労働省所轄の地方厚生局に「保険診療医療機関」の指定申請を行いましょう。
クリニック承継のメリット4つ
クリニック承継には、以下の4つのメリットがあります。
- 医療機器などの初期費用を削減できる
- 一定数の見込み患者を確保できる
- スタッフの引き継ぎができる
- 過去の実績を元に事業計画を立てられる
医療機器などの初期費用を削減できる
土地や建物、医療機器をそのまま引き継ぐ場合は、新規に開業する場合と比べて初期費用を削減できます。
新規にクリニックを開業すると、物件の取得や内装工事などに大きな初期費用がかかります。
承継によって初期費用を抑えられれば、その分の資金を開業後の経営に回せるでしょう。
一定数の見込み患者を確保できる
開業直後から一定数の見込み患者を確保できるのも、承継のメリットです。
その地域ですでに認知されているクリニックであれば、改めて集患施策に取り組まずとも収入が見込めるため、運転資金を抑えられます。
スタッフの引き継ぎができる
開業するにあたって、スタッフの引き継ぎも可能です
人材の確保にも手間やコストが発生しますが、スタッフの引継ぎができれば、採用に費用はほとんどかかりません。
そのクリニックでの業務に慣れた人材が残っているため、仕事をスムーズに進めやすいのもメリットの1つです。
過去の実績を元に事業計画を立てられる
過去の実績を元にした事業計画を立てられるのもメリットの1つです。
クリニックを安定的に経営していくためには、開業前の段階から事業計画を立てる必要があります。
承継前の実績を元にすれば収支の見通しがつくので、開業後の事業計画を立てやすくなるでしょう。
クリニック承継のデメリット3つ
クリニックの承継には、注意すべきデメリットもあります。
- 承継できる物件数が少ない
- 前院長の方針とズレが生じる恐れがある
- 内装・レイアウトの自由度が低い
承継できる物件数が少ない
選択肢が少なく、自分の希望通りのクリニックが見つからないことも珍しくありません。
新規開業よりも、特に立地面で選択肢が限定されてしまうため、自分の診療科目や医療方針に合わない土地で開業せざるを得ないこともあります。
前院長の方針とズレが生じる恐れがある
前院長の診療方針や経営方針とズレが生じる恐れもあります。
あまりにも前院長の方針との間にズレがある場合は、既存の患者が離れていってしまうこともあるでしょう。
内装・レイアウトの自由度が低い
クリニックを承継する場合、どうしても内装やレイアウトの自由度が低くなってしまいます。
建物もそのまま引き継ぐ形になるため、好みの内装・レイアウトにするには大規模なリフォームが必要になることもあるでしょう。
内装・外装やレイアウトについても検討し、承継するクリニックを選択しなければなりません。
クリニック承継で起こり得るトラブル事例4選
クリニック承継が、必ずしも良い結果になるとは限りません。承継で起こり得るトラブル事例を4つご紹介します。
- 診療方針の違いでスタッフが退職してしまう
- リピートしていた患者さんが離れる
- 行政手続きや税務手続きが困難で手に負えない
- 修繕費が予想以上の高額になる
診療方針の違いでスタッフが退職してしまう
前院長と診療方針が大きく違う場合、引き継いだスタッフが退職してしまう恐れもあります。
承継のタイミングで新しい医療機器の導入をはじめ抜本的な改革を行うこともあるでしょう。
突然の変更にスタッフが対応できず、辞めてしまうパターンは少なくありません。
クリニックの経営について理想を追うことも大切ですが、前院長の良いところを受け継ぐことも意識しましょう。
リピートしていた患者さんが離れる
承継によって、前院長を信頼してリピートしていた患者さんが離れていってしまうこともあります。
前院長の診療方針を把握しておき、患者さんにとってより良質な医療体験を提供できるように努めましょう。
行政手続きや税務手続きが困難で手に負えない
クリニックの承継にはさまざまな手続きが必要になるため、トラブルが起きやすいものです。
通常の業務に加えて各種手続きに対応しなければならず、苦労するケースもよくあります。
スムーズに手続きを進めたい場合は、専門の業者にサポートを依頼しましょう。
修繕費が予想以上の高額になる
承継した物件の修繕費が予想以上に高額になるケースもあります。
場合によっては、新規開業よりもトータルの費用が高くなるかもしれません。
契約の前に物件の状態をきちんと見極め、条件の調整は妥協せずに行いましょう。
クリニック承継に関するよくある質問
最後に、クリニックの承継に関するよくある質問を紹介します。
クリニック承継にかかる費用相場はいくらですか?
規模や売上などによって変動するため一概には言えませんが、クリニック承継にかかる費用の相場はおよそ2,000~4,000万円程度とされています。
承継元が希望価格を提示する、もしくは専門の仲介業者が適正価格を提示するパターンがほとんどです。
承継元に支払う対価に加え、専門の仲介業者に依頼している場合は仲介手数料を支払う必要もあります。
クリニック承継で失敗しないためにはどうすれば良いですか?
クリニックの承継で失敗しないためには、綿密な検討と専門家への相談を行いましょう。
よく検討せずにクリニックの決定、知識がない状態での承継は推奨しません。
承継するか新規開業するかといった観点でも、専門家に相談してから慎重に検討することが大切です。
まとめ:クリニック承継は知識を身につけて慎重に実施しよう
クリニックの承継には多くのメリットがあります。
物件や医療機器などの初期費用を削減できたり、開業当初から一定の見込み患者を確保できたりといった利点があるため、資金に余裕を持って開業できるでしょう。
一方、「後継者の選択肢が限られる」「スタッフ離れが起こる可能性がある」などデメリットもあります。
クリニックの承継は、必ずしもうまくいくとは限りません。
承継後の方針は慎重に考え、承継元の良い部分を受け継ぎながら、経営や診療を進めていきましょう。