高齢化が進む現代社会において、訪問介護の需要はますます高まっています。自宅で安心して暮らしたいという高齢者やそのご家族のニーズに応えるため、訪問介護の開業を目指す方も増えてきました。
しかし、実際に事業を始めるには、複雑な手続きや厳格な人員基準、初期費用の準備など、知っておくべきポイントが数多くあります。
そこで本記事では、訪問介護事業を開業するための流れをわかりやすく解説し、失敗しないために押さえておきたい人員基準や必要な費用についても詳しくご紹介します。
これから訪問介護事業にチャレンジしたい方や、具体的な準備を進めている方は、ぜひ参考にしてください。
この記事の内容
訪問介護とは?
訪問介護とは、介護福祉士やホームヘルパーなどの訪問介護員が、要介護認定を受けた方の自宅を訪問し、日常生活の支援や身体介護を行うサービスです。
主なサービス内容は、入浴・排泄・食事などの介助(身体介護)、調理・洗濯・掃除などの家事援助(生活援助)、通院時の移動介助などが含まれます。
訪問介護の開業は一人でもできる?
訪問介護の開業は、一人ではできません。法律で定められた人員基準により「訪問介護員は常勤換算で2.5人以上」配置する必要があります。
さらに「管理者」「サービス提供責任者」「訪問介護員」という3つの役職を確保しなければなりません。そのため、1人だけで事業所を立ち上げることは認められていないのです。
また、訪問介護事業は個人事業主としてではなく、法人格を持つことも開業要件の一つです。
株式会社や合同会社、NPO法人など法人を設立し、必要な人員と設備を整えたうえで、都道府県などから指定を受ける必要があります。
参考:厚生労働省
訪問介護の開業の流れ
ここからは、訪問介護の開業の流れについて解説します。
- 事業内容の決定
- 法人設立
- 資金調達・事務所準備
- 人員の採用・備品準備
- 指定申請書類の作成・提出
- 現地調査・指定通知書の交付
- 開業・運営開始
それぞれの内容について、詳しく見ていきましょう。
1.事業内容の決定
訪問介護の開業における事業内容の決定とは、どのような訪問介護サービスを展開するかを具体的に定める重要なステップです。
具体的には、事業の目的やサービスの対象となる利用者層、提供するサービスの範囲や内容、事業所の規模、サービスを提供する地域などを検討し、明確にします。
また、事業として成立するかどうかを判断するため、事業エリアの高齢者や要介護者数を調査し、売上予測や損益計画、資金調達計画などの事業計画も作成します。
加えて、訪問介護事業には人員や設備などの基準があるため、これらの要件を満たせるかどうかも合わせて確認が必要です。
2.法人設立
法人設立は、訪問介護事業の開業における必須ステップであり、スムーズな事業運営の土台となります。
訪問介護事業は、個人事業主としての開業が認められていません。必ず法人格を有していることが法的要件となっています。
法人設立の手続きとしては、まず会社の形態(株式会社・合同会社など)を選び、定款を作成し、法務局で法人登記を行いましょう。
すでに法人を持っている場合でも、定款の事業目的に「訪問介護事業」の関連文言が明記されている必要があるため、記載がなければ目的変更の手続きを行います。
法人設立が完了して初めて、自治体への指定申請や事業所開設の準備に進むことができ、介護保険法に基づく介護報酬の請求も可能となります。
3.資金調達・事務所準備
資金調達・事務所準備は、訪問介護事業を円滑にスタートさせるために必要な資金と事務所を確保するプロセスです。
開業に必要な資金は、物件取得費や設備投資、従業員給与、運転資金などが含まれます。
訪問介護は、開業から収入が入るまでにタイムラグがあるため、数か月分の運転資金も確保しておくのが重要です。
訪問介護の開業における事務所準備は、法令で定められた設備基準を満たす物件の確保と、スタッフが働きやすい環境づくりがポイントです。
なお、訪問介護事業所には、事務室と相談室の設置が義務付けられています。
事務室は、事務作業やスタッフの勤務スペースとして十分な広さが必要です。明確な面積基準はありませんが、机・椅子・書棚などが無理なく設置できるスペースが求められます。
相談室は、利用者や家族との面談、ケアマネジャーとの打ち合わせなどに使用します。プライバシーを確保できるようパーテーションで区切るといった配慮が必要です。
4.人員の採用・備品準備
訪問介護の開業における人員の採用・備品準備とは、事業所運営に必要なスタッフを確保し、法令で定められた設備や備品を整える工程です。
訪問介護事業所は、常勤換算で2.5人以上の訪問介護員を配置することが義務付けられています。
管理者やサービス提供責任者など、必要な役職も確保する必要があります。
訪問介護員として配置できるのは、介護福祉士や実務者研修修了者、初任者研修修了者、看護師などの有資格者です。
採用活動はハローワークや求人サイト、知人の紹介など複数の方法を活用し、指定申請前に人員確保の目処を立てておくのが重要です。
備品準備では、事務所内に、机や椅子、電話、パソコン、鍵付き書庫などを用意しましょう。
衛生管理のため、手洗い用品(液体せっけん、消毒液、清潔なタオルなど)も必須です。
5.指定申請書類の作成・提出
指定申請書類の作成・提出とは、介護保険法に基づき訪問介護サービスを提供するために、都道府県や市区町村などの行政機関へ必要な書類を整えて申請する手続きです。
指定を受けなければ、介護保険サービスとして事業を運営することはできません。
書類作成では、以下のような多くの書類が必要となります。
- 指定申請書
- 事業所の記載事項
- 法人登記事項証明書や定款
- 従業者の勤務体制・勤務形態一覧表
- 管理者やサービス提供責任者、訪問介護員の資格証明書・経歴書
- 雇用契約書や就業規則
- 事業所の平面図や外観・内部の写真
- 運営規程(料金表を含む)
- 苦情処理措置の概要
- 介護給付費算定に係る体制等に関する届出書
- 損害保険加入証明書
- 財産証明書など
参考:厚生労働省「介護事業所の指定申請等のウェブ申請情報」
参考:東京都福祉局「訪問介護(新規に指定を受けたい方へ)」
参考:北海道 新規指定申請について
これらの書類は、自治体ごとに細かな指定や様式が異なる場合があります。開業予定地の担当窓口や公式ホームページで最新情報を確認し、不備がないよう丁寧に作成しましょう。
作成した書類の受理後、審査や実地確認を経て、基準を満たしていれば指定が下ります。
6.現地調査・指定通知書の交付
現地調査・指定通知書の交付とは、指定申請後に行政が事業所を訪問して基準適合状況を確認し、問題がなければ正式に事業所指定が認められる手続きです。
現地調査では、市区町村や都道府県の担当職員が事業所を訪問するのが一般的です。
この現場調査で、介護保険法や関連法令に適合した設備・人員配置・運営体制になっているか、実際に確認されます。
審査を通過し、基準を満たしていると認められた場合、指定通知書が交付され、介護保険サービスの提供が可能となります。
7.開業・運営開始
最後のステップとなる開業・運営開始は、自治体から指定通知書が交付された後に実際の事業活動をスタートさせる段階です。
この段階では、まず開業予定日(多くの場合は毎月1日が指定日)に合わせて、サービス提供を開始します。
運営開始後は、顧客の獲得が重要となるため、地域の居宅介護支援事業所や地域包括支援センターなどへの営業活動を行い、利用者やケアマネジャーとの関係構築を進めておきましょう。
訪問介護の指定申請で満たすべき人員基準とは?
訪問介護の指定申請で満たすべき人員基準は、以下のとおりです。
- 管理者
- サービス提供責任者
- 訪問介護員(ホームヘルパー)
各人員の内容について、詳しく解説します。
管理者
管理者は、事業所の運営全般を統括する役割です。資格要件は特にありません。
常勤専従で1名の配置が必要となりますが、管理上支障がなければ他の職務(サービス提供責任者や訪問介護員など)との兼務も可能です。
ただし、兼務するにしても、訪問介護員を常勤換算で3人は用意しなければならないことには変わりありません。
サービス提供責任者
サービス提供責任者は、利用者数40人ごとに常勤1人以上の配置が必要です。
資格要件は「介護福祉士」「実務者研修修了者」「旧介護職員基礎研修課程修了者」「旧ホームヘルパー1級課程修了者」などが求められます。
初任者研修修了者でも、実務経験3年以上(540日以上)があれば認められる場合もあります。
訪問介護員(ホームヘルパー)
訪問介護員(ホームヘルパー)は、利用者宅での身体介護や生活援助など、実際の介護サービスを提供します。常勤換算で2.5人以上の配置が必要です。
訪問介護員として働くには、下記いずれかの資格が必須です。
- 介護職員初任者研修(旧ホームヘルパー2級)修了者
- 介護福祉士実務者研修修了者
- 介護福祉士
- 生活援助従事者研修修了者(生活援助中心のサービスのみ従事可)
開業するにあたって、資格を保有している人材の確保が求められます。
訪問介護の開業に必要な資金とは?
ここからは、訪問介護の開業に必要な資金について解説します。
- 法人設立費用
- 物件取得費用
- 家賃・駐車場代
- 事務所備品費用
- 人件費
- 車両費
- 販促費
法人設立費用
訪問介護事業を始めるには、個人事業主ではなく法人格の取得が法的に求められています。
法人設立費用は、選択する法人形態によって異なりますので、以降で詳しく見ていきましょう。
合同会社(LLC)
設立費用は約10万円。内訳は登録免許税6万円、収入印紙代4万円、定款謄本手数料2千円程度です。
行政書士に依頼する場合は、報酬を含めて合計20万円前後が目安となります。
株式会社
設立費用は約24〜30万円。合同会社よりも費用が高くなりますが、社会的信用度が高いという特徴があります。
NPO法人
設立費用や資本金はほぼ0円ですが、設立手続きが煩雑で、認可まで3〜4か月かかる場合があります。
物件取得費用
訪問介護事業所を開設する際、事務所となる物件の確保は必須です。
多くの場合、事業所専用の事務室を賃貸で契約することが一般的であり、物件取得費用には以下のような項目が含まれます。
- 敷金・礼金
- 仲介手数料
- 保証金
- 開業日までの家賃(前家賃)
これらの初期費用は、物件の立地や広さ、地域の相場によって大きく異なりますが、おおよそ50万〜100万円程度を見込んでおくのが一般的です。
都市部や駅近など人気エリアでは家賃や初期費用が高くなる傾向があります。
家賃・駐車場代
訪問介護事業所を開設する際には、法令で定められた基準を満たす事務所スペースを確保する必要があります。
物件を賃貸する場合、家賃は立地や広さによって異なりますが、月額6万円程度が一つの目安です。
初期費用としては、敷金・礼金・仲介手数料・前家賃などが発生し、合計で30万〜36万円程度が必要となるケースが一般的です。
また、訪問介護ではスタッフが利用者宅に移動するため、事業所の近隣に駐車場を確保する必要があります。
駐車場代は、地域や駐車場の種類(月極・コインパーキング)によって異なりますが、月額数千円程度が目安です。
事務所備品費用
事務所備品費用は、事業所の運営や指定申請に不可欠な設備や什器、消耗品などの購入に充てられる費用です。
主な事務所備品の例
- 事務机・椅子(スタッフ用、相談室用)
- 書類棚・鍵付きキャビネット(個人情報保管用)
- パソコン、電話機、携帯電話
- コピー機・プリンター・FAX
- タイムカードや文房具などの事務用品
備品費用の目安は30万〜50万円程度とされており、規模や選ぶ機器のグレードによって変動します。
人件費
人件費には、管理者やサービス提供責任者、訪問介護員(ホームヘルパー)などのスタッフの給与が含まれます。
開業時には、法令で定められた人員基準(常勤換算2.5人以上)を満たすため、必要な人数を確保し、開業準備期間から給与を支払う必要があります。
具体的な人件費の目安としては、管理者とサービス提供責任者がそれぞれ月給33万円、一般介護職が月給28万円とした場合、3か月分の人件費合計は約300万円程度となります。
車両費
訪問介護事業では、スタッフが利用者宅へ移動するための手段として、車両を用意する必要があります。
新車の場合、車両本体の購入費用は約150万〜300万円、中古車であれば100万〜200万円程度が目安です。
自動車を導入する場合は、車両本体以外にも自動車税や自賠責保険、任意保険料、車両装備品などの諸経費も必要です。
販促費
販促費は、地域での認知度を高め、利用者やケアマネジャーからの紹介を得るために欠かせない費用です。
一般的な販促費の目安は、売上の3〜5%とされており、たとえば月売上250万円の場合、7.5万〜12.5万円程度が想定されます。
販促費の内訳には、以下のような項目が含まれます。
- チラシやパンフレットの制作・印刷費
- ホームページや公式サイトの制作費
- ウェブ広告やポータルサイトへの掲載費
- 看板や宣伝物のデザイン・設置コスト
- 開業記念イベントや地域向けセミナーの開催費用
特に、訪問介護は地域密着型サービスのため、チラシやパンフレットの配布、ポスティング、地域のケアマネジャーや医療機関への営業活動が重要です。
また、インターネットを活用したホームページやSNSによる情報発信も、近年は新規利用者獲得に効果的とされています。
訪問介護開業の資金調達方法
ここからは、訪問介護開業の資金調達方法について解説します。
- 介護職員処遇改善加算制度の活用
- 日本政策金融公庫からの融資
- 金融機関からの借り入れ
介護職員処遇改善加算制度の活用
介護職員処遇改善加算制度とは、訪問介護事業所が一定の要件を満たした場合、国から介護職員の賃金改善のための加算(補助金)を受け取れる仕組みです。
加算の取得には、キャリアパス要件や職場環境等要件など、厚生労働省が定める複数の条件を満たし、計画書を作成・提出する必要があります。
加算区分によって1人あたり月額15,000〜37,000円程度が支給され、加算額は全額「介護職員の賃金改善」に充てることが義務付けられています。
日本政策金融公庫からの融資
日本政策金融公庫からの融資とは、訪問介護の開業時に多くの事業者が利用している代表的な資金調達方法です。
公庫の創業融資制度は、創業初期の事業者が無担保・無保証で利用できる点が大きな特徴で、自己資金が少なくてもまとまった開業資金を確保しやすい仕組みとなっています。
主な制度として「新創業融資制度」があり、これは新たに事業を始める方や事業開始後間もない方が対象です。
融資限度額は3,000万円(うち運転資金1,500万円)で、資金の使い道は設備資金・運転資金のどちらにも充てることができます。
また、担保や保証人は原則不要で、返済期間は運転資金で概ね7年以内、設備資金で10〜20年以内と比較的長期に設定されています。
金融機関からの借り入れ
金融機関からの借り入れは、多くの事業者が利用する一般的かつ重要な手段です。
金融機関からの借り入れには、民間の銀行や信用金庫、政府系金融機関(日本政策金融公庫)などがあります。特に初めての開業時にはこれらの融資を活用して初期費用や運転資金を確保します。
融資を受ける際のポイントは、目的と必要額の明確化です。融資申請時には、何にいくら必要か(例:社用車購入、事務所賃貸、備品購入など)具体的な説明が求められます。
また、金融機関は返済能力を重視するため、収支計画書や事業計画書を作成し、収益見込みや安定した返済が可能であると明確に示しましょう。
まとめ:訪問介護開業のスムーズな開業を目指そう
訪問介護の開業は、社会的な需要が高まる中で注目される事業ですが、成功させるためには十分な準備と正確な知識が不可欠です。
失敗しないためには、資金計画や人員体制、運営準備をしっかりと整え、事前に必要な情報を集めておくのが重要です。
これから訪問介護事業にチャレンジしたい方は、ぜひ本記事を参考にして、具体的な準備を進めてみてください。