医療現場において重要視されるのは、患者に安全かつ適切な医療を提供することです。しかし、現実には医療事故やヒヤリハットが発生しているため、医療機関では医療リスクマネジメントを行う必要があります。
本記事では、医療リスクマネジメントの概要やその目的、具体的な方法などについて解説していきます。
医療事故やヒヤリハットのリスクを最小限にするためにも、ぜひ参考にしてみてください。
この記事の内容
医療リスクマネジメントとは
医療リスクマネジメントとは、医療現場における様々なリスクを予測し、それらを未然に防止するための取り組みです。
医療現場では、診断や検査、治療などの各段階にそれぞれリスクが存在しており、実際に医療事故やヒヤリハットも生じています。例えば「誤った薬剤を投与する」や「医療機器に誤作動が生じる」などといったケースがあります。こうしたリスクに対処し患者の命を守るためにも、医療リスクマネジメントを徹底することが求められるのです。
医療リスクマネジメントの目的
医療リスクマネジメントを行う目的として挙げられるのは、主に以下の4つです。
- 安全で質の高い医療を提供し続けるため
- スタッフが安全かつ健康に働ける環境を守るため
- 医療機関としての社会的信用を守るため
- 医療事故を防止し損害賠償などのリスクを避けるため
医療リスクマネジメントの主な目的は「患者の安全を守ること」と「医療従事者が安全に働ける環境を守ること」にあります。患者の身を守るのはもちろんのこと、働く人間がリスクに怯えることなく安全に働ける環境作りも重要です。
また、医療事故やヒヤリハットを未然に防ぐ取り組みは、社会的信用を守り、損害賠償などのリスクを避けることにも繋がります。
医療事故が発生する背景
近年の医療は、技術の進歩に伴って治療方法や検査機器、医薬品が多様化し、複雑化しています。このような現状によって、医療現場は多忙を極め、後進の育成もままならないほど医療従事者への負担が増大してきています。こうした背景から現在の医療現場は、医療事故の起きやすい環境になっているのです。
また、医療事故が発生する背景として、他に考えられる原因は主に以下の通りです。
- スタッフ同士のコミュニケーション不足
- 医療機器・システムの誤作動や故障
- 高齢者社会の進行に伴う患者の増加
- 患者やその家族からのニーズの多様化
- 意見の言いにくい職場環境
- 業務の効率を優先する風潮など
このように医療の複雑化だけでなく、医療業界の様々な変化が医療事故を引き起こす原因となる可能性があります。そのため、医療機関はあらゆるリスクに敏感になり、医療リスクマネジメントへの関心を高めるべきでしょう。
医療機関にとって必要なリスクマネジメント
医療機関にとって必要なリスクマネジメントは、主に以下の2種類です。
- ファイナンシャルリスク
- ビジネスリスク
ここでは、それぞれのリスクについて詳しく解説しているので、ぜひ参考にしてみてください。
ファイナンシャルリスク
ファイナンシャルリスクとは、医療機関における財務的・経営的なリスクのことを指します。例えば、医療事故による多額の損害賠償やそれに伴う社会的な信用の低下などです。
ファイナンシャルリスクに対して有効な取り組みとしては、従業員に過剰な負担をかけない上での経営の効率化と万が一の事態への備えが挙げられます。具体的には、収支のバランスの見直しや医療訴訟に備えた保険への加入などの取り組みです。日々の経営の無駄を省きつつ、医療事故にも備えておくことで、幅広いファイナンシャルリスクに対応できるでしょう。
ビジネスリスク
ビジネスリスクとは、業務の中で発生する様々なリスクのことです。例えば、医療事故やクレームのようなトラブルが含まれます。
ビジネスリスクが発生する要因は、主に以下のようなものがあります。
種類 | 具体例 |
---|---|
人的要因 | 医療従事者の能力不足、人為的ミスなど |
施設的要因 | 病室の不足、動線の悪さなど |
設備的要因 | 設備の故障、設備の性能不足 |
組織的要因 | コミュニケーションの不足、連携ミスなど |
環境的要因 | 院内の温度や湿度の設定、スタッフの人数不足など |
まずはこれらの要因について、それぞれの医療機関で洗い出し、対策が不十分な要因を明確にしましょう。
医療リスクマネジメントを行う流れ
医療リスクマネジメントを行う流れは、以下の通りです。
- 起こりうるリスクの明確化
- リスクの発生率や原因の分析
- 対策の立案
- 対策から得られた効果を評価
- 全体の効果を評価し改善
これらの流れを繰り返して、より効果的な医療リスクマネジメントになるように試行錯誤してみてください。
1.起こりうるリスクの明確化
医療現場において、潜在的にどのようなリスクが存在しているのかを明確にしましょう。
考えられるリスクは、人為的なものや機械的なものなど多岐に渡ります。主に挙げられるリスクは、以下の通りです。リスクを明確化させる際に、参考にしてみてください。
- 治療中の医療機器の不具合や故障
- スタッフ同士の連携ミス
- 薬剤の投与ミス
- 輸血の取り間違いなど
重要なのは、ほとんど起こりそうにもないリスクまで、可能な限り細かく洗い出していくことです。あらゆるリスクを特定するために、スタッフへのヒアリングや過去の医療事故、他の医療機関の事例などを精査してみましょう。
2.リスクの発生率や原因の分析
次に、明確にしたリスクの発生率や原因を分析していきます。
ここで重要なのは、「発生率」と「影響度」の観点で分析していくことです。高い頻度で発生し影響度の大きいリスクから対策していくことで、効率的なリスクマネジメントが可能になります。
またその上で、リスクの原因も分析し、医療機関のどこに改善点があるのかも洗い出しておきましょう。
3.対策の立案
分析結果をもとに、リスクに対して有効な対策を立案していきます。
考えられる対策の例は、以下の通りです。対策立案の際に、参考にしてみてください。
- 業務のマニュアルを作成する
- 医療機器の操作に関する研修を実施する
- 薬剤や輸血のミスを防ぐために、二重チェックを徹底するなど
対策を立案する際には、実際の医療現場の現状や予算などを踏まえて、できるだけ具体的に考案することがポイントです。対策を実施する流れや必要経費などをはっきりさせておけば、対策の立案から実施までよりスムーズに進められるでしょう。
4.対策から得られた効果を評価
対策を立案し実施したあとは、その効果を評価していきます。
医療事故やヒヤリハットの件数を具体的な数値として出し、どれくらい減ったのか、はたまた増えたのかを明確にしましょう。
また、従業員からフィードバックを収集し現場の声を聞くことで、より具体的な評価が可能になります。
5.全体の効果を評価し改善
講じた対策の結果を通して、不十分な点がある場合は改善していきましょう。
効果が出なかった対策や新たなリスクを洗い出しては、対策し改善していくというPDCAサイクルが大切です。「Plan(計画)」「Do(実行)」「Check(評価)」「Action(対策・改善)」を繰り返し試行錯誤していきます。
また、医療リスクマネジメントを継続的に行うことで、洗練されてより効果的な対策を実施できるようになります。続けていけば、患者と医療従事者の両方にとって安全な環境を作り出せるでしょう。
医療リスクマネジメントの具体的な方法
医療リスクマネジメントの具体的な方法は、主に以下の4つです。
- 医療事故を防止・対策するためのマニュアルを作成する
- 医療事故防止対策委員会を設ける
- リスクマネジメントの担当者を決める
- ヒヤリハット事例の報告を徹底させる
医療事故を防止・対策するためのマニュアルを作成する
医療事故を防止・対策するためには、リスクを早期に発見し回避することが重要です。そのため、医療事故を防止する対策や事故が発生した時の適切な対処法などをまとめたマニュアルを作成しましょう。
このマニュアルを共有し徹底しておけば、医療事故のリスクを最小限に抑え、万が一の事態にも正しく対応できます。
また、このマニュアルは定期的に見直し、法規制への対応や問題点の改善などを行ってみてください。
医療事故防止対策委員会を設ける
厚生労働省によると、医療機関には医療事故防止対策委員会の設置を推奨しています。医療事故防止対策委員会とは、様々な医療従事者が協力し、医療機関全体で連携して医療リスクを防止する組織です。設置すれば、各部署の連携が強化され、医療従事者達の医療事故への意識が高まるでしょう。
委員会を構成するのは、原則として以下の通りとされています。
- 副院長
- 診療部長もしくは医長
- 薬剤科長もしくは薬剤部長
- 看護部長もしくは総看護師長
- 事務部長もしくは事務長など
また医療事故防止対策委員会は、リスクの特定・評価や事故発生後の調査など、医療事故に関する対応全般が主な役割です。この役割には、スタッフへの教育やマニュアルの作成なども含まれています。
リスクマネジメントの担当者を決める
それぞれの部署にリスクマネジメントの担当者を決めることで、1人ひとりの医療事故に対する意識をより向上させることができます。担当者は、現場の状況を把握し適切にリスク管理をするのが役割です。
リスクマネジメント担当者の具体的な役割は、主に以下の通りです。
- 日頃から医療事故への注意を呼びかける
- 自分のヒヤリハット体験を伝える
- 今後発生する可能性のあるヒヤリハット事例を調べ、伝える など
また、リスクマネジメント担当者同士が連携することで、部署間での情報共有も密になり、リスクの明確化や対策が実施しやすくなるでしょう。
ヒヤリハット事例の報告を徹底させる
医療事故を防ぐためには、その前段階であるヒヤリハット事例の収集と分析が重要です。ヒヤリハットとは、事故には至っていないものの、事故が発生する一歩手前の状況を指します。
ヒヤリハットを報告させる目的は、潜在的なリスクを浮き彫りにし、事故になる前に対策することにあります。より多く報告してもらうために、スタッフが自由に発言しやすい環境作りを心がけましょう。
医療事故を未然に防ぐためのポイント
医療事故を未然に防ぐためのポイントとして挙げられるのは、主に以下の4つです。
- スタッフ同士のコミュニケーションを徹底し連携ミスを減らす
- 日頃から医療機器や設備の点検を行う
- 労働環境や勤務条件を改善する
- スタッフ全体の意識を改革する
スタッフ同士のコミュニケーションを徹底し連携ミスを減らす
医療現場では、些細な連携ミスが重大な医療事故に繋がることがあるため、スタッフ同士のコミュニケーションが重要です。例えば、看護師と医師の間での薬剤投与に関する情報共有が不十分だと、間違った薬剤の投与などの事故を引き起こしかねません。
このような連携ミスを減らすために、1人ひとりが意識的にメモを取ったりこまめに確認を取ったりしましょう。
日頃から医療機器や設備の点検を行う
患者を治療をしている際に、医療機器が不具合を起こしてしまうと、最悪命を落とすケースにも繋がりかねません。そのため、日頃から医療機器やその他の設備の点検を行いましょう。
また、もし点検で不具合が見つかっていなくても、長く使用している医療機器に関しては買い替えや交換を検討してみてください。老朽化が進んでいると、突然故障するリスクが高くなり、医療事故のリスクも高まります。
労働環境や勤務条件を改善する
医療従事者の労働環境や勤務条件の改善も、医療事故を防ぐポイントの1つです。医療従事者の過重労働は、疲労によって注意力や集中力の低下を招き、医療事故の発生しやすい環境を作り出してしまいます。
このような事態を防ぐために、適切な労働環境の整備や勤務条件の見直しを実施しましょう。労働環境や勤務条件の改善例は、次の通りです。
- 月の勤務時間に上限を設ける
- 仮眠室を設ける
- メンタルケアのためのカウンセリングを実施する
- スタッフが発言しやすい環境を作るなど
スタッフ全体の意識を改革する
医療事故を防ぐ上で、重要なのがスタッフ全員の意識を改革することです。医療ミスは誰にでも起こりうることであることを自覚し、1人ひとりが医療安全に対して意識を高めましょう。
具体的な取り組みとしては、以下のような例が挙げられます。
- 医療リスクマネジメントに関する研修を実施する
- 過去の医療事故やヒヤリハットについて全員で共有する
- 日常の業務の中で生じたヒヤリハットを報告するシステムを作るなど
これらの取り組みを通して、現場の意識を高めることができれば、医療事故の起きにくい環境を作り出せます。
実際に生じやすい医療事故やヒヤリハットのケース
「医療事故情報収集等事業」によると、実際に生じやすい医療事故やヒヤリハットのケースは、主に以下の7つです。
- 薬剤投与
- 輸血
- 治療や処置
- 医療機器の使用
- ドレーンやチューブの使用
- 診察や検査
- 療養中の世話
これらのケースは、どの医療機関でも起こりうることなので、ぜひ参考にしてみてください。
参照:医療事故情報収集等事業|公益財団法人 日本医療機能評価機構
薬剤投与
薬剤投与の際には、患者に投与する薬剤の種類や量を間違えるといったリスクがあります。
併用してはならない薬剤の投与や、患者が持つアレルギーの成分を含んだ薬剤の投与など、患者を危険にさらしてしまう可能性もあります。このようなミスを防ぐために、医療従事者間でダブルチェックや細やかなコミュニケーションを心がけましょう。
薬剤に関するヒヤリハットは1年で12,681件も発生しており、これは全体の40%弱を占めるほどです。そのため、医療機関において医療リスクマネジメントを実施する際には、対策の優先度が高いケースと言えるでしょう。
輸血
輸血の際には、血液型の誤認や保存期間が過ぎた血液の使用などが原因で、医療事故やヒヤリハットが発生します。このケースでの医療事故は、患者の命を脅かす重大なリスクをはらんでおり、細心の注意が求められます。
輸血前には医療従事者がダブルチェックを行い、可能であれば患者にも血液型の確認を取って、万が一のリスクを最小限に抑えましょう。
治療や処置
治療や処置は、医療事故やヒヤリハットが生じやすいシチュエーションの1つです。具体的な例としては、誤った部位への麻酔や器具の操作ミスなどが挙げられます。
ただ、治療や処置を行うのは人間であり、どうしても人為的なミスをゼロにすることはできません。そのため、リスクを最小限に抑えるにはスタッフ全員の医療安全の意識を高め、互いにカバーし合う環境の形成が大切でしょう。
治療や処置の際の医療事故は1年間で1,724件発生しており、全体の30%以上を占めています。このケースに関しても、医療リスクマネジメントを実施する際には優先的に対策していきましょう。
医療機器の使用
医療機器の使用に伴う医療事故やヒヤリハットも少なくありません。例えば、人工呼吸器を患者の状態に合わない設定で使用したり、医療機器を未滅菌のまま手術で使用したりなどが挙げられます。
他にも、患者への治療時に医療機器の不具合や故障が発生し、治療に影響が出たケースもあります。
このようなリスクを抑えるために、対策として日頃から医療機器の点検を徹底し、操作方法に関する研修を実施してみましょう。
ドレーンやチューブの使用
ドレーンやチューブの取り扱いミスによる医療事故やヒヤリハットも発生しています。
具体的な事故の例としては、ドレーンやチューブの挿入ミスや流量の設定ミスなどが挙げられます。
このようなミスはドレーンやチューブへの理解不足が原因であることが多いので、対策として定期的に医療機器・器具の研修会を実施してみてください。医療機器や器具への理解が深まれば、ミスが減少するだけでなく、提供できる医療の質も向上するでしょう。
診察や検査
診察や検査の際に生じるヒヤリハットとしては、患者情報の記録ミスや検査結果の取り違えなどが挙げられます。このようなミスが発生すると、患者の情報が正しく医師に伝わらず、適切な診断が困難になるでしょう。
もし、このケースのヒヤリハットが原因で誤った診断が下されてしまった場合、病気の早期発見に悪影響を及ぼしかねません。診察や検査の際には、患者情報の管理に細心の注意を払い、呼び出す際にも名前が合っているかダブルチェックを徹底しましょう。
療養中の世話
療養中の患者をお世話する際にも、様々なリスクが潜んでいます。療養中の世話で発生する医療事故やヒヤリハットの例は、主に以下の通りです。
- 患者を移動させる際の転倒・転落
- 食事や水分補給の管理ミス
- アレルギーを持つ患者にアレルゲンを含む食事を出してしまう
- ナースコールの対応忘れなど
このような医療事故やヒヤリハットの多くは、医療従事者の不注意が原因で発生しています。患者の食事管理やナースコールへの対応の徹底はもちろんですが、転倒や転落を防止するために介助者としてのスキル向上も重要です。
まとめ:医療リスクマネジメントを行って安全に医療を提供しよう
本記事では、ここまで医療リスクマネジメントの概要やその目的、具体的な方法などについて解説してきました。
医療機関にとって重要なのは、患者に安全な医療を提供し続けることです。ただ、医療事故やヒヤリハットを防ぐには、医療従事者の労働条件の改善や安心して働ける環境作りも同様に重要です。医療リスクマネジメントを徹底して、患者にも医療従事者にも安全な医療機関にしましょう。
医療リスクマネジメントの実施を検討している場合は、ぜひ参考にしてみてください。