開業を視野に入れている医師の方で、医療法人にするか迷っている方は多いのではないでしょうか。
開業医にはクリニックを法人化している医師と、そうでない医師がいます。
医療法人化にはメリットとデメリットがあり、それぞれを踏まえたうえで自分にはどちらが合っているのかを検討する必要があります。
この記事では、開業医が医療法人にしない理由、医療法人にするメリットとデメリットをご紹介します。医療法人化するのがおすすめのクリニックなどについても解説しますので、最後までご覧ください。
この記事の内容
医療法人にしている現状の割合
厚生労働省の統計によると、現在、医療法人にしている一般診療所の数は、令和4年(2022年)10月1日時点で、4万5,048施設です。
一般診療所は、公的医療機関などすべての分類を含め全国に10万4,292施設あるため、そのうちの43.7%が医療法人にあたるということになります。
一方、個人経営の一般診療所は4万304施設で、全体の38.1%となっています。
割合でみると、医療法人と個人診療所の数に大きな差はありません。必ずしも医療法人が必要というわけではないことがわかります。
参照:令和4(2022)年医療施設(動態)調査・病院報告の概況|厚生労働省
開業医が医療法人にしない理由
開業医の中には、医療法人にする人とそうしない人がいます。
医療法人にしない主な理由は、以下の4つが挙げられます。
- 金銭面や税金面で出資金に対する配当が禁止されている
- 接待交際費の経費計上に制限がある
- 事務処理が増加する
- 都道府県や自治体の指導や監督が強化される
医療法人にしないのには、さまざまな理由がありますが、医療法人をすることのデメリットを知っておくことでより詳しく理解できるでしょう。
医療法人をすることのデメリット
ここからは、医療法人をすることのデメリットを8つ紹介します。
- 法人設立の手続きや運営管理が煩雑になる
- 運営にかかるコストがかさむ
- 医師と法人の資金が区分される
- 負債の引き継ぎができなくなる
- 業務内容に制限が生まれる
- 医療法人から追い出される恐れがある
- 解散に時間がかかる
- 残余財産が出資者に分配されない
法人設立の手続きや運営管理が煩雑になる
まず、法人設立の手続き自体が煩雑で、そこに負担を感じて病院経営や運営が疎かになってしまう可能性があります。
さらに、独立法人の手続きの後も各都道府県へ届出や報告を提出する義務があり、運営管理も煩雑になります。
定期的な届出が必要なものと運営上の義務で行うべきものがあり、それぞれ一定の期間に1度行わなければならないため、注意が必要です。
例えば、「決算報告の届出」「資産総額の登記」は1年に1回、「役員重任の登記」は2年に1回の届出が必要です。
また、「社員総会の開催」「理事会の開催」は1年に2回、「監事による監査」は1年に1回、運営上の義務として必要です。
法人名・所在地の変更や定款の記載事項を変更する場合などにも、その都度手続きをする必要があります。
このように、法人化することで今まで不要だったことにも目を向けなければなりません。運営上の手間が増えて、煩雑に感じてしまう恐れがあります。
運営にかかるコストがかさむ
法人化することで、社会保険・厚生年金への加入が必須となり、運営にかかるコストがかさんでしまいます。
社会保険料の掛け金は、給与の30%となっており、そのうちの半分は法人負担のため従業員が多いほど負担も大きくなります。
診療に集中したい場合は、こうした事務手続きは税理士や司法書士、行政書士などの専門家に依頼するのがおすすめです。
しかし、診療に専念でき負担は軽減されますが、依頼費が発生するため、コストがかかるという点は避けられないでしょう。
医師と法人の資金が区分される
医療法人化すると、医師個人の資金と法人の資金がはっきりと区分されることとなります。
医療法人の資金を医師(理事長)が個人的な用途で使用した場合、法人からの借金として扱われます。
こういった行為を繰り返すと、金融機関からの信用が失われる可能性もあり、新たな融資を受けられなくなる恐れもあるため注意が必要です。
自分への役員報酬を増やすことで回避可能ですが、報酬が増えた分だけ所得税や住民税も増えてしまいます。
負債の引き継ぎができなくなる
開業したばかりの医師が医療法人化する場合は、負債の引き継ぎに注意する必要があります。
経営するうえででかかる資金の借入金は、引き継ぎが認められていません。引き継ぎができない分に関しては、医師の役員報酬から返済する必要があります。
ただし、内容や医療機器にかかった設備投資費は引き継ぎ可能なため、運転資金としての借入金であるかがポイントになります。
借り入れする際は、設備投資に充てる金額は、運転資金として借りないようにしましょう。
業務内容に制限が生まれる
医療法人化すると、業務内容に制限が発生するデメリットも存在します。
医療法人の業務範囲は「本来業務」「附帯業務」「附随業務」「収益業務」の4つに大別され、社会医療法人以外の医療法人の場合は「収益業務」以外の3つの業務が可能です。
例えば、サプリメントなどの物販は可能なものの、患者以外の一般人に販売不可などの条件がつきます。通信販売をしてはいけません。
また、土地を活用したいと思っても、不動産経営は認められておらず、不動産賃貸や駐車場経営も不可です。
このように、医療法人の場合業務内容に制限が生まれ、個人開業の医師と比較して自由度が低いデメリットがあります。
参照:医療法人の附帯業務(法第42条)について-医療法人の業務範囲 |厚生労働省
医療法人から追い出される恐れがある
医療法人の構成員は、株式会社における「社員」となります。
社員総会における議決権を有し、経営における重要事項について決定できる権利を持ちます。
社員における過半数の議決をもって重要事項が決定されます。よって、社員の過半数から支持を集められれば、たとえ理事長であっても医療法人から追い出される恐れがあります。
こうした「乗っ取り」行為は深刻なトラブルで、一般的にはあまり知られていないものの、医療法人特有のリスクとして注意しなければなりません。
解散に時間がかかる
医療法人を解散すると決定した際は、都道府県に届出を行い、さらに法務局で解散の登記を行わなければなりません。
仮に社会総会決議により解散が決まった場合は「解散許可申請」が必要です。
この申請は、都道府県ごとに仮申請受付時期が定められており、最終的に許可が下りるまで半年ほどかかります。
解散事由により手続きの方法は異なりますが、時間と手間がかかることは認識しておきましょう。
医療法人は地域にとって大切な機関のため、気軽に解散できるものではないです。
残余財産が出資者に分配されない
医療法人を解散すると、医療の非利益性・公益性の観点から、残余財産は出資者に分配されず、国や地方公共団体などに帰属します。
しかし、これは持分の定めのない医療法人の場合の話です。
前もって解散時期を決めて、役員報酬や役員退職金の支給計画を立案し、残余財産を残さないようにしておけば国にお金を取られる心配もありません。
しっかり事前に準備をしておけば、対策を立てることも可能です。
医療法人にすることで得られるメリット
医療法人化にすることで、以下6つのメリットが得られます。
- 給与所得控除を受けられる
- 家族に役員報酬を支払える
- 所得税や住民税の最高税率が下がる
- 家族に対して退職金を支払える
- 事業を拡大しやすくなる
- クリニック承継が手軽にできる
1.給与所得控除を受けられる
クリニックの所有者・経営者が医療法人になることで、給与所得控除を受けられます。
形式上、医師への報酬は法人から給与を支払うという形になります。
給与収入額に応じて一定額を控除できるため、税務処理の簡略化が可能です。
2.家族に役員報酬・退職金を支払える
医療法人では、家族を理事などの役員にすれば、家族に役員報酬を支払えます。
役員報酬にも控除が適用されるほか、所得を分散させることで節税効果が見込めます。というのも、所得が多いほど所得税の課税額が大きくなるため、同じ金額でも分散させて受け取るほうが税率を抑えられるからです。
ただし、「未成年や学生は理事に就けない」「しっかりと勤務していることが証明できないと認められない」ため、一度税理士に相談してみてください。
3.所得税や住民税の最高税率が下がる
所得税や住民税などの税金が、個人課税が法人課税に切り替わることとなり、最高税率が下がります。
個人の場合、最高税率が最大で55%(所得税最大45%、住民税10%)ですが、法人化すれば最大でも23.20%のため、大きな節税効果が見込めるでしょう。
利益にかかる税金だけで見れば、法人化したほうが税負担は軽くなります。収入が多い院長ほど、法人化によって高い節税効果を得られます。
4.家族に対して退職金を支払える
医療法人にすることで退職金制度が使用でき、家族にも退職金を支払えます。
退職金は、支払う法人側は経費計上が可能。受け取る側は退職所得控除が適用されて、控除後の金額の半分のみに課税されるメリットもあります。
勤続年数 | 退職所得控除額 |
---|---|
20年以下 | 40万円×勤続年数 |
20年以上 | 800万円+70万円×(勤続年数-20年) |
このような計算方法で控除額が決まり、役員報酬で多くもらうよりも、退職金としてたっぷり受け取るほうが税額上お得になります。
5.事業を拡大しやすくなる
医療法人にすると、事業拡大しやすくなり、個人の開業医では不可能な分院の展開や介護事業所の開設などが可能になります。
本院とは異なる方針・目的の診療所など、目的に応じて事業を拡大でき、収益の増大も見込めて一石二鳥です。
6.クリニック承継が手軽にできる
医療法人の場合、クリニックを手軽に継承できるのもメリットの一つです。
理事長の引退や死去してしまった場合などで継承する必要がある際、理事長交代の手続きのみで事業継承可能です。
診療所と土地、建物、設備などの財産は、医療法人に属するため、理事長が引退しても面倒な手続きは必要ありません。
個人診療所の場合、廃院の手続きをしたのち、後継者によって開院手続きを行う必要があります。
さらに、土地や建物、設備などの財産も個別に相続しなければならず、手間がかかり面倒に感じてしまう可能性があります。
医療法人にしたほうが良いクリニック
医療法人にした方がいいクリニックは、主に以下の通りです。
- 節税を図りたいクリニック
- 分院などによって複数展開したいクリニック
- 事業所を運営して事業の幅を広げたいクリニック
地域に根差して運営を続けていくなかで、「高齢者のために訪問看護ステーションを開設したい」という思いが芽生える場合もあります。
法人化には時間がかかるため、実現したい構想に応じて、早めの対応を行わなければなりません。
医療法人には、社会医療法人や特別医療法人、特定医療法人、基金拠出型医療法人など、さまざまな形態が存在し、それぞれ要件や法人税率などが異なるため、入念にリサーチを行いましょう。
医療法人にしないほうがいいクリニック
現時点で事業展開の方針がなく、50代以上の方で後継者候補もいない場合は急いで医療法人化する必要はないでしょう。
医療法人にすると運営方法が煩雑になり、設立にも時間がかかるため、経営していくうえで少なからず負担が増えるのは避けられません。
節税効果をシミュレーションした時に、さほど効果が見込めなかったという場合にもあまり法人化するメリットはないといえます。
まとめ:医療法人にしない理由やメリットを踏まえて検討しよう
医療法人化を検討している開業医の方は、医療法人にしない理由や、メリットを踏まえてよく検討しましょう。
メリットもあればデメリットになる部分もあるため、しっかり比較して自分にはどちらが向いているかを見極めていきたいです。
経営が順調で利益が多いクリニックや事業継承を検討している場合には、法人化がおすすめです。しかし、「まだ今は決められそうにない」という場合は、ゆっくりと時間をかけて検討し、後悔のない選択をしてください。