継医院
継 仁 院長の独自取材記事
1930年創業。三代にわたり地域を見守り続け、“人を診る医療”を磨いてきた町のかかりつけ医
継 仁 院長ツグ ヒトシ
日本医科大学 卒業。同大学病院小児科に入局。1996年に『継医院』を継承(「新高円寺駅」から徒歩2分)。
「人の役に立つこと」が、自分の進むべき道だった
父も祖父も医師という家庭で育ちましたから、幼い頃から自然と医療が身近にありました。ただ、だからといって迷いがなかったわけではありません。本当に自分は何をしたいのか、自分が生きる意味や価値はどこにあるのか――若い頃は、そういったことをずいぶんと考えたものです。
父自身、一度は医学部ではなく経済学部へ進んだ経験があったことから、私に「医者になれ」と強く言ったことはありませんでした。だからこそ、自分で答えを見つける必要があったのだと思います。最終的には、「人の役に立つこと」に自分の存在意義を見出したいと思い、医師の道を選びました。
大学は日本医科大学へ進み、小児科に入局しました。父も祖父も小児科医でしたが、決め手になったのは、小児科という診療科の幅広さでした。呼吸器、循環器、血液など、子どもに関わるあらゆる疾患を診る。専門が細分化される中で、“全体を診る”という姿勢に惹かれたのです。
大学では関連病院を数多く回り、アメリカ留学も経験しました。さまざまな現場で診療を重ねる中で、医療に対する視野も少しずつ広がっていったように思います。そして1996年、父が倒れたことをきっかけに医院を継承しました。祖父の代から続く地域医療を、自分なりの形で守っていこうと決めた瞬間でした。
病気だけでなく、「その人」を診る医療へ
開業当初の私は、今振り返ると「病気ばかりを見ていた」と思います。大学病院時代は重症の患者さんを中心に診ていましたから、疾患そのものに意識が向いていたのです。けれど、地域の診療所では、それだけでは十分ではありませんでした。お母さんたちが求めていたのは、「正しい診断」だけでなく、「一緒に心配してくれること」だったんだと、後になって気づかされました。
そこから少しずつ、患者さん自身に関心を持つようになりました。診察室では病気の話だけでなく、「最近どこか出かけましたか」「何か楽しいことありましたか」といった日常の話をすることも増えました。釣りや旅行、家族の話など、一見診療とは関係のない会話の中に、その人らしさや体調変化のヒントが隠れていることもあります。
電子カルテにも、そうした何気ない会話を書き留めています。「そんなことまで書くんですか」と驚かれることもありますが、長く通ってくださる患者さんほど、その積み重ねが大切になるのです。毎回ゼロから話さなくて済む安心感にもつながりますし、「自分のことを覚えてくれている」と感じてもらえることもあると思います。
長年地域で診療を続ける中で、患者さんから教わることも本当に多くありました。今では、人生の先輩として学ばせていただくことも少なくありません。病気を診るだけでなく、人として向き合う。その大切さを、地域医療の現場で育ててもらったように感じています。
子どもから大人まで、地域をつなぐかかりつけ医として
小児科医ではありますが、「子どもだけを診る」という感覚ではありません。実際、この地域では親子三代で通ってくださるご家庭も多く、自然と幅広い年代の方を診るようになりました。
私は、「それは専門外です」と簡単に線を引く医療にはしたくないと思っています。もちろん、専門医の力が必要な病気はあります。ただ、その場合でも、どこへ相談すればいいのか、誰につなげるべきかまで含めて考えるのが、地域の診療所の役割と考えています。大学病院時代、新生児医療に携わっていた頃、上司から「断るなら次の行き先まで探してあげなさい」と教わりました。その言葉は、今でも自分の診療の根底にあります。
長年地域で診療を続けてきたことで、各分野の専門医の先生方とのつながりも増えました。だからこそ、「どこへ行けばいいかわからない」という患者さんに対して、適切な医療へ橋渡しができる。それも、かかりつけ医の大切な役割と考えています。
学び続けること、現場に立ち続けること
医療は常に進歩しています。だからこそ、過去の経験だけに頼らず、知識を更新し続けることが大切と思っています。
齢は重ねましたが、今でも勉強会や講演会には積極的に参加していますし、教科書を読み返したり、海外の問題集に取り組んだりもしています。若い先生たちの勉強会に参加することもあり、新しい知識や考え方から刺激を受けることも少なくありません。
現在は隔週で八丈島へ診療にも通っています。現地の先生が倒れられ、「誰か助けてほしい」という声がきっかけでした。島の医療は都市部とは違い、限られた環境の中で判断しなければならない場面が多くあります。重症の患者さんに付き添い、ヘリコプターで都内の病院まで搬送したこともありました。
そうした経験を通して、「最後まで責任を持つ」という医療の重みを改めて感じています。見逃してはいけない病気をどう見抜くか、どこまで診るべきかを考え続けることは、自分にとって大きな学びになっています。
また最近は、AIの進歩にも大きな可能性を感じています。以前は「知識を教える」ことが医師の大きな役割でしたが、今は患者さん自身も多くの情報を得られる時代です。だからこそ、知らないことを隠すのではなく、一緒に調べ、一緒に考える姿勢が大切だと思っています。わからないことを曖昧にせず、その場で調べ、納得しながら進めていく。昔から「知らぬは一生の恥」と言いますが、私はむしろ、「調べないことの方が恥だ」と感じています。年齢を重ねても、新しい知識や技術に柔軟であり続けたいですね。
これから受診される患者さんへ
地域の診療所というのは、「まず相談してみよう」と思っていただける場所であることが大切と思っています。
小児科だから子どもだけ、内科だから大人だけ、ということではなく、「どこへ行けばいいかわからない」「何を相談したらいいかわからない」という時に、最初に頼っていただける存在でありたい。その上で、必要に応じて専門医療へつなぎ、地域全体で患者さんを支えていくことが大切だと考えています。
30年間、地域で診療を続けてこられたのは、患者さんやご家族に支えていただいたおかげです。これからも、一人ひとりと丁寧に向き合いながら、この町の“かかりつけ医”として、自分にできる医療を積み重ねていきたいと思っています。
※上記記事は2026年5月に取材したものです。時間の経過による変化があることをご了承ください。
継 仁 院長MEMO
- 出身地:
- 東京都
- 出身大学:
- 日本医科大学
- 趣味・特技:
- テニス、サップ、カヤック
- 好きなこと:
- 外でカラダを動かすこと
- 好きな場所:
- 湘南海岸、奥多摩
- 好きな言葉・座右の銘:
- 「早く行きたければ一人で進め。遠くまで行きたければ、みんなで進め」(アフリカの諺)、「努力する人は希望を語り、怠ける人は不満を語る」(井上靖)
地域に寄り添う内科・小児科として、世代を問わず相談しやすい身近な医院
継医院は新高円寺駅から徒歩2分の通いやすい場所にある、内科・小児科対応の地域密着型クリニックです。継仁院長が患者さんの話を丁寧に聞く姿勢を大切にし、一人ひとりに寄り添った診療を実践。長く地域医療を支えてきた安心感があり、家族で頼れる身近なかかりつけ医として親しまれています。
地域に寄り添う内科・小児科として、世代を問わず相談しやすい身近な医院
継医院は新高円寺駅から徒歩2分の通いやすい場所にある、内科・小児科対応の地域密着型クリニックです。継仁院長が患者さんの話を丁寧に聞く姿勢を大切にし、一人ひとりに寄り添った診療を実践。長く地域医療を支えてきた安心感があり、家族で頼れる身近なかかりつけ医として親しまれています。